適応障害で退職後、「片づけ」で自分の感情と夢を取り戻せた話

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適応障害で退職。時間があるからか、毎日辛いことばかり考えてしまう。
家の片づけでもしてみようかな?何かいいことあるかな?
そんな悩みのある方に、お話しします。
適応障害で退職後、少したってから、家の中の片づけをしました。
すると3つの良い変化がおきたので、その時の体験をかきます。
- 「自分の心が喜ぶ」感覚を思い出せた
- 「自分の心が嫌がる」感覚を思い出せた
- 自分のやりたかったこと(夢)を再発見できた

最初は体も心も元気をなくしていて「洋服を手に取ってみるだけ」程度でした。
そのうち、だんだんと気持ちが動いてきて、いろんなところを片づけることができました。
※心の専門家ではありませんが、同じような境遇の方へのヒントになればと、実体験をもとに書いています。
「こんまりメソッド」を使いました
「ときめき」を感じるのは、未経験の人より早かったです。理由は、こんまりメソッドでの片づけを、以前に1度経験済みだったからです。
こんまりメソッドとは、近藤麻理恵さんという方が提唱された片づけ方法です。「ときめくものだけを手元に残す」というやりかたです。自分の心に問いかけながら片づけるのです。
「一度片づけたら、絶対に元に戻らない」
近藤麻理恵が独自に編み出した画期的な片づけ法。
片づけを通して自分の内面をみつめることで、
「どういうものに囲まれて生きたいのか」自分の価値観を発見し、キャリアや人間関係など、人生における全ての選択に大きな変革をもたらします。
こんまりメソッドで片づけ、3つの良い変化が心におきた
- 「自分の心が喜ぶ」感覚を思い出せた
- 「自分の心が嫌がる」感覚を思い出せた
- 自分のやりたかったこと(夢)を再発見できた
「自分の心が喜ぶ」感覚を思い出せた
こんまりメソッドが「ときめくものを選ぶ」ことの繰り返しだからです。
(前略)「捨てる」ことだけを考えて片づけをすると、不幸になります。なぜなら、本来片づけで選ぶべきなのは、「捨てるモノ」ではなくて「残すモノ」だからです。
(前略)モノを残すか捨てるか見極めるときも、「持っていて幸せかどうか」、つまり、「持っていて心がときめくかどうか」を基準にするべきなのです。
自分の心に問いかけて、自分がどう思うのかを感じとる、それを繰り返します。
有名なアンパンマンの歌に、こんな意味の歌詞がありますよね。
君の幸せは何なのか、何をすれば君は喜ぶのか、わからずにいるのは嬉しいことではない。
適応障害になった私は、まさにその状態でした。
それが「ときめくか?」を繰り返し考えるうちに、だんだんと自分の本当の気持ちを感じ取れるようになったのです。
完全に心を取り戻せるのはもっと後のことでしたが、私の場合は確実に片づけがきっかけでした。
「自分の心が嫌がる」感覚を思い出せた。
「持っているだけでストレスになる物」を見つけて、自分の気持ちを正直に受け入れたからです。
仕方なく持っている物がたくさんありました。たとえば、押し付けられるように受け取ってしまった物たちです。服やカバン、食器や大きな置物などがありました。
服やカバンは、私のクローゼットの半分を占めていました。
食器は、本当は好きな小物を飾るために開けていたスペースを占領していました。
大きな置物は玄関に飾っていて、家の印象を私の苦手なものに変えてしまっていました。「玄関に飾ってね!」という人の言葉を、自分の気持ちより優先して、何年も守っていたのです。
受け取ってから6~7年は経っていました。「こんなに嫌がっている自分の心を無視していたんだ」と気が付きました。
「今までお世話になりました」物たちにそう告げて、すべて手放すことができました。
自分のやりたかったこと(夢)を再発見できた
正直私も信じられなかったのですが、本当に起きたことなので、そのまま書きます。
どんな夢かというと、ちょっと恥ずかしいのですが、「自分でブログを開設して運営する」「誰にも遠慮せずに収入を得ていく」ことです。
Webに関する独学用の資料や本と向き合ったとき、違和感を覚えたのです。仕事のために集めたものなので、全て捨てるか売ったのですが、「心からやりたいことだったような…でも仕事に戻りたいわけではないし…」と心に引っかかったのです。
あとになって、本当にやりたかったこととリンクしていたのだと気づきました。
「誰にも遠慮せずに」というのは、会社の人間関係に疲れ切っていた私の本音です。

このブログは、夢を1つかなえた形です。記事公開時点で収益はゼロないので、完全に趣味です。
いつか運営費くらいは収入を得たいですね。
なぜ片づけようと思ったのか
理由は3つです。
- 時間がありすぎることで、余計なことを考えてしまい、毎日が苦しかったから
- 家が荒れてしまっていたから。働いている時には、時間も気持ちも、余裕がなくてできなかったから。
- HSPなこともあり、荒れた家の中にいるだけでストレスゲージがぐんぐんと上がっていくのが日々つらかったから。
特にリビングが荒れていたので、見て見ぬ振りもできず、常にイライラの原因でした。
片づける前に考えていて良かったこと
「やらなきゃダメ」と思わないようにしたことが、ストレス化を防いでいました。特に私は完璧主義なところがあるので、なおさら気を付けました。
頭の中はこんな感じでした。
- これは、断捨離でも片づけでもない
- 片づけなきゃと思わなくていい
- 捨てなきゃと思わなくていい
- 物を減らさなきゃと思わなくていい
- 綺麗にしなきゃと思わなくていい
- 途中でやめたっていい
- 服を2~3枚見るだけでもいい
- 私が持っているものの中で、好きなものは何なのか探してみよう
- 私が好きなことは何なのだろう
- 私は何のために生きて生活しているのだろう
- 日々の生活で埋もれてしまった「私の宝物」を探そう
- 心の中に埋もれてしまった「好きという感情」も見つかるかもしれない
- 余計なことを考えずに済むなら、ちょっとだけやってみよう
今になって思い返すと、相当追い詰められた気持ちになっていますね。
心のゆるやかな変化
はじめは、全く心が動かない
どの服が好きなんだろう、という思いで、クローゼットにかかった服を1枚1枚見ていきます。
しかし、最初は何も感じませんでした。心が何も動かないのです。
1度こんまりメソッドを経験していて、「ときめく」感覚もすっかり知っているし、その思いを大切にしていたはずなのに。
ときめくどころか、虚無のような気持ちでした。
それでも何日か繰り返すうちに、不思議と気持ちが動き始めたのです。
感情が芽生える感覚
突然、「可愛い」とキュンとするような感覚がありました。
そこから、色々なポイントに「可愛い」と心が動き始めたのです。フリル、ボタン、ファー、柄、色、レース…。とてもゆっくりとした芋づる式のように、感覚がよみがえってきました。
するとそのうち、これは好きではないな、も分かるようにもなってきました。
深掘りしてみると、そこには「自分の心が嫌がる」理由が隠れていました。
例えば「職場の苦手な人からもらった物」「会社で必要になるかもしれないから仕方なく置いていたもの」などです。
自分の気持ちを無視してまでも、我慢して持っているものがたくさん見つかったのです。
自分をないがしろにしていたと気づく
「誰かのため」「こんな私は我慢していなきゃいけない」と、好きではないものをたくさん持っていたからです。
私にくれた人のため、その人が遊びに来たときに飾っていないと不機嫌になるかもしれないから、会社のため、などです。
今までお世話になりましたと伝えて、手放しました。
例えば、家の中にある一番ボロボロな衣装ケースを、私が使っていました。ほとんど使わない納戸においているケースのほうが綺麗だったので、いれかえました。
本当は素敵な棚が欲しいのに、夫が独身の時から使っているボロボロのカラーボックスを、リビングで使っていました。これに気づいた半年後、お気に入りの棚を見つけて買うことができました。
このタイミングでやって良かったこと
- 使える時間がたくさんあった
- 余計なことを考えずに済んだ(やっぱり辞めなきゃよかったなど)
- 自分と向き合えた
- あまり体力を使わなかった
- 家の中でできた
- 一人でできた
- お金がかからなかった(退職後って、ついお金の心配しませんか?)
- 自分の「好き」や「夢」を再発見するきっかけになった

私はHSP気質なので、五感を使ったことも、引きこもり生活の中でほどよく刺激になりました。
見る、さわる、臭いをかぐ、聞く(生地によっては音もします)などです。
心で決めた、捨ててよかった仕事関係のもの
直接的にも間接的にも、職場の辛かったことを思い出して辛くなるもの、です。
- 頑張った功績だけど、見ると辛くもなるもの(作った資料など)
- 文房具(紛失防止のため、名前を貼っていた)
- クリアファイル
- 社名入りのもの
- 職場で使っていたカーディガンやサンダル(惰性で着ていて、よくみると結構ボロボロ)
- 独学しようと思って買った本(無理に頑張ろうとしていた)
- 退職の時にいただいたもの
念のため、1ヵ月たってから捨てました。
最後の「退職の時にいただいたもの」については、長くなるので次の項目に分けます。
退職の時にいただいたもの
実はもう、1つも残っていません。
理由は、物を見るとどうしても、職場の風景や辛かったことを思い出してしまうからです。激しい動悸や胸の痛みも感じるほどでした。
不思議なことに、誰にもらったどんなものでも、それは変わりませんでした。私に辛く当たってきた人からの物はもちろん、優しく接してくれた人からの物もだったのです。
どれも、私のために時間とお金を使って、選んで買ってくれたものたちなのはわかっています。それでも、これからも生きていきたい私にとって、この物たちは必要なんだろうかと苦しみながら考えました。
このような、こんまりさんの考えがあり、深く共感しました。
プレゼントの本当の役割って何だと思いますか。
それは、「受け取ること」。
プレゼントはモノそのものより、気持ちを届けるモノです。
だから、「受け取った瞬間のときめきをくれて、ありがとう」といって捨ててあげればよいのです。
続くこの部分に、特に共感しました。
もちろんベストなのは、いただいたモノを心から喜んで使うことです。でも、好きではないモノをイヤイヤ使ったり、使わずにしまい込んで見つけるたびに心苦しくなったりするのは、贈り主の本望ではないはずです。
贈り主のためにも、ぜひ捨ててあげてください。
そして、感謝の気持ちをひとつひとつに込めて、手放していきました。
注意したこと
次の5つです。
- やりたい時だけやる
- 勢いにまかせない
- ネガティブな感情が出てきたら中断する
- 疲れる前にやめる
- すぐに捨ててしまわない
やりたい時だけやる
ノルマのように思えたら、それは苦痛でしかないですよね。「今日も少し、見てみようかな」そんなふうに軽い気持ちで取り組みました。
勢いにまかせない
勢いで「これも捨てちゃえ」には気を付けました。正常な判断ができていない場合もあるからです。
ネガティブな感情が出てきたら中断する
実際に、ネガティブな感情に支配されていて、自暴自棄な気持ちになることがありました。「今の私は、何を着たって似合わない」「どうせ私なんて、持っていたって役立たせられない」のようにです。
その部屋から離れて、コーヒーを飲んだり、映画をみたり、切り替えました。
疲れる前にやめる
私はHSPでもあるので、集中のしすぎや頑張りすぎで疲れ果ててしまうからです。たくさんの量をこなすのですが、もうやりたくないと思うほど嫌にもなるのです。
すぐに捨ててしまわない
念のため、不要と判断したものも、しばらくの間はおいておきました。特に仕事関係のものは、1ヵ月残しておきました。
しばらくたってから、捨てるために、無心で仕分けをしました。「どうしてこんなものを残しておいたんだろう?」と冷静に思えるものばかりで、気持ちよく手放すことができました。
まとめ
適応障害で退職後、「片づけ」で自分の感情と夢を取り戻せた私のエピソードでした。
こんまりさんの本が気になるという方のために、リンクを貼っておきます。
適応障害での退職後って、心が辛いですよね。みなさんに穏やかな生活と心が訪れるよう、願っています。
